若い精鋭たちの匠の技 −
私たち「ふらここ」は、プロの人形職人たちが役割を分担して、ひとつのお人形をつくり上げてゆく人形工房です。
もともとお人形は、多くの職人たちが分業で制作するものですが、私たち「ふらここ」の工房は若手の精鋭たちが結集し、 自分たちの熱い思いを形にするために生まれた人形工房です。


-
親心をお人形に表現してゆく −
1963年、東京都生まれ。
祖父は、人間国宝である人形師 原 米洲。母は、女流人形作家の原 孝洲。
代々の人形師の家系で育ち、仕事歴26年。
お人形の愛らしさに加え、親の思いや願いをどのようにお人形に表現してゆくか。そのことを常に大切に考えながら、お人形づくりに励んでいます。


-
我が子への願いを人形作りに込めて −
1959年、埼玉県生まれ。
人形の町・岩槻で生まれ育ち、身内が全て人形制作にたずさわる中、18歳より人形制作の修行に入る。仕事歴35年。
私にも一人娘がおりますが、娘には明るく笑いのたえない幸せな人生を生きてほしい。我が子を想うそんな親の願いを人形づくりに込めて、真心を込めて制作しています。


-
より豊かな表情をだすために −
1973年、茨城県生まれ。
妻の父親は、仕事歴38年のベテラン頭師。その岳父の下で人形頭の制作にたずさわり、仕事歴10年。
より豊かな表情を出すために、骨格や筋肉の動き、肌の感触に至るまで徹底的に研究を重ねました。思わずそっと手を触れたくなるような、 見ていて和やかな気持ちになるお人形づくりが、私の制作テーマです。


-
伝統に新しいデザインを取り入れて −
1961年、静岡県生まれ。
刷毛で糊を付け、和紙や布地を一枚ずつ心を込めて貼ってゆく。屏風づくりは、ほとんどが手作業で根気がいる仕事。そんな屏風づくりの家に生まれ、仕事歴28年。
古来より日本に伝わる伝統的な屏風づくりに、新しい素材やデザインを積極的に取り入れて、常に新しい屏風づくりに取り組んでいます。


-
1954年、静岡県生まれ。
18歳で父が他界したとき、お客様から“あなたの作品なら買いますよ”と言われ、この仕事に就くことを決意し、仕事歴40年。
絶対に手を抜かず、少しでも良い品質に仕上がるように心がけています。
お客様から“買わせていただいて良かったよ”と言っていただくときが、一番うれしい瞬間です。
赤ちゃんのお顔への追及 −
20年間ずっと考え続けてきました。どうしたら今以上に、お人形を手にとる人たちに喜んでいただくことができるのか…
そして、やっとたどり着いたのが、私の人形づくりの原点である、赤ちゃんのお顔の人形づくりをもっともっと深めてゆくことでした。
私の祖父は、昭和41年に国定の無形文化財に認定された人形師でした。昔は住まいと仕事場が一緒でしたから、私は生まれたときから祖父の人形づくりのモデルであり、また人形づくりを仕事とする家庭の中で、当たり前のように人形に囲まれて育ちました。


-
赤ちゃんの天真爛漫な笑顔は、仏像のお顔に通ずる −
『ふらここ』のお人形と他との一番大きな違いは、なんといってもかわいらしい赤ちゃんのお顔だち。一般的にお人形のお顔は、大人びた「細おもて」のお顔が主流ですが、『ふらここ』のお人形は丸くてかわいい「赤ちゃんのお顔」。
これは祖父がつくり上げた作風ですが、「赤ちゃんの天真爛漫な笑顔は、仏像のお顔に通じるものがある。そんな純真な心をもつ赤ちゃんの顔だからこそ、見る人の心をいやす力があるのだ。」というのが、人間国宝になった祖父がたどり着いた境地でした。
そして、その作風をよりいっそう深めてゆくことが、私の仕事であると思っております。

-
どこまでもお客さまを大切に −
人形づくりの仕事にたずさわって20年、祖父の技術を継承した母と一緒に仕事をして学んだことは、飾る人の身になってお人形をつくること。また、多くのお客様との出会いを通して、“お人形はお客様に飾っていただいて初めて、生命が吹き込まれる”ということを身をもって学びました。
そして今、人形づくりに込める私たちの想いは、自分たちの子供に贈ってあげたいお人形をつくること。そんな思いの中で、「ふらここ」のお人形は産声を上げました。
子をもつ親であれば誰しも、我が子の喜ぶ顔が見たいもの。そんな皆さまの温かいお気持ちにお応えできるように、我が子に愛情を込めて贈ることができるお人形をつくり続けてゆきたいと思っております。










